Biarritz, France

ナボコフの『ナボコフの一ダース』をぱらぱらとめくっていたら、「初恋」という短編にビアリッツの別荘の話が出ていた。というよりも、舞台はビアリッツである。ビアリッツという名前と、あの街にあったロシア正教の教会が結びついた。あの街を訪ねたとき手にしていたやたら分厚く重たく扱いにくいガイドブックにきっと由来は載っていたのだろうと思うが、記憶にない。
ビアリッツナポレオン三世の妻ウージェニー皇后以来ヨーロッパの王侯貴族が集うところとなり、その一員としてナボコフ一家はサンクトペテルブルグからはるばる列車でビアリッツに行っていたようである。あのロシア正教の教会はそうしたロシア貴族のためのものであったようだ。
ビアリッツへはサン・セバスティアンから列車で向かった。天気も悪く、無理がたたったのか体調も悪く、ユースホステルで寝てばかりだった。二泊泊まったうち一泊は寝るだけに費やした。そもそも、高級リゾートは、バックパッカーの一人旅には全くそぐわない場所であった。二日目だかに、寝てばかりもどうか、と出かけた先にロシア正教の教会もあった。取りあえず写真を撮った。灯台にも行って、やはり写真を撮った。空はどんよりと曇り、寒かった。
もう一度行くことはないと思う。あの一月の旅の中でも、最も印象にない場所である。そんな場所をナボコフの掌編で思い出すとは何とも奇妙で、現実に見た風景とふとつながるときに、小説の色がぱっと変わるのが楽しさでもあるのだけれど、これは文学の正しい楽しみ方とは言えないであろう。

ナボコフの一ダース (ちくま文庫)

ナボコフの一ダース (ちくま文庫)

Nabokov's Dozen (Twentieth Century Classics S.)

Nabokov's Dozen (Twentieth Century Classics S.)

LolitaHumbert HumbertとAnnabelが戯れたのもビアリッツかしら、と考えるのもやはりナボコフの読み方としては間違っているのだろう…。文学を読むとはとかくめんどうだと思う。まあ向いてないんだろう。