車でエル・エスコリアル修道院とその周辺に行く。九時十五分前に集合だったからシャワーを浴びる時間も考えて七時半に起きてもうこれで遅刻するはずない、と思ったが五分遅れた。
修道院に行く前に「死者の谷」に行く。この存在は私は知らなかったが、フランコと最初の独裁者プリモ・リベーラが埋葬されている場所で、異様な雰囲気があった。1950年代にフランコが建立した石造りの巨大な教会堂があり、その中に二人の独裁者が埋められている。礼拝堂というのか、いすが置いてあって合唱台があるところまでの通路には、陸軍、空軍、海軍、ヒスパニア性(「大和魂」みたいなものだろうか)のそれぞれの守護者マリアさまの祭壇があり、他にも軍事力を象徴する彫刻があるなど、普通の教会とはまるで雰囲気が違っていた。見学したときはちょうどミサの時間だった。荘厳な雰囲気で賛美歌も歌われていた。ミサが終わって奥に進むと、中央の祭壇のようなところに二人の独裁者のお墓があった。神妙な顔をして写真を撮っている人もいた。礼拝堂には「神と祖国のために死す」と、スペイン市民戦争の死者を弔う言葉が書かれていた。外に出ると雪を頂いた山々が見える美しい風景が広がっており、また、教会の背後には世界一大きいという十字架が岩山の上に鎮座している。圧力と権力と神秘性とひどく合理的な印象の建物と、曰く言い難い印象が残った。
十字架まで登ろうとしたら道が閉鎖されており、ほんの少しだけ雪で遊んだあと、車でエル・エスコリアル・デ・サン・ロレンソまで。「山岡亭」なる日本食を出すバルがあり驚く。軽く散歩した後、昼食は八ユーロでメニューを出す店に行ったが、いまいちだった。家で同居人が食べているのを外で食べているような気分になる。カスティーリャのスープ、何かの茎と茸の入った炒り卵とフライドポテト、ヨーグルト(パイン風味、スーパーで何連もで売っている安いやつ、それもダノンとかじゃなくスーパーが作ってるやつ)。味は悪くなかったけど、これで八ユーロは高すぎではないのか?と誰もが思った。水もミネラルウォーターでなくて水道水だったし…。
ご飯のあと修道院へ。ここは世界遺産に登録されているらしい。やたら巨大ですっきりとした建物で、壮大ではあるが牢獄のような印象があった。天気がよくて暖かかったので少し外でぼうっとしてから見学開始。肌寒かったので入り口の係員に寒いか尋ねたら「ちょっと涼しいけど平気よ」と言ってたのに外とは逆に中は寒すぎたが耐えて見学する。最初は建築についての展示で興味も知識もなくスルー、あとは宗教画に次ぐ宗教画のコレクション。周りが金ぴかで人の線が妙に細い絵(ゴシック?)やロマネスクは好きだけどそれ以降のは好きになれない。宗教関係の知識もなく、しかも寒く、だんだん早足になってあまり覚えていない。キリスト教の美術は見れば見るほど分からない(であろう)要素が多い、と感じる。磔になった血を流すキリスト、マリアさまの処女性の称揚、首を落とされる殉教者たち…。
大量の絵のあとは大量の死者たち。王室のパンテオンを見学。王と王妃の金ぴかの部屋は特別に地下にあり、他の王位継承権のない王子王女のお墓は別のところにあった。独裁者の墓の見学のあとは王様の棺の見学か、と思うと一日で権力を象徴する場をたっぷり見ているわけで疲れてきた。
このあとまた大量の絵を見たような気もするし、その前だった気もする。とりあえず、どこかでボッシュの絵を見れたことは収穫だった。最後の方はもう興味も体力もなくなってほとんど何も見ていなかった。
寒すぎるのでチョコラテとチュロスを食べよう、となり、チョコラテリアがあるはずの場所に行くがそれはチュロをたこ焼きみたいに持ち帰り用で売っている店だった。とりあえずチュロだけ購入し、バルを探して入る。バルにはチョコラテはなかったのでココアやらカフェオレやらを飲みつつチュロを食べる。テレビでは変な映画を放映していた。
帰りの車の中では旅行用のフランス語をいくつか教えてもらう。「今日の夜泊まりたいのですが」とか。
バジャドリードに着いてからは一人の部屋に招待されてその子のふるさと特産のコニャックとpinoをいただく。途中、同居人のスペイン人とその彼氏も登場、二人とも感じよく特に彼氏は芸人じゃないかと思うほどの話術でみな大笑いした。フランス人二人は死者の谷のことがかなり気になっていたらしく、同居人に質問していた。答えとしては、あそこは基本的にフランコ主義の神殿と考えればよくて、今ももちろんフランコ主義の人はたくさんいる。異なる主義主張も認めなければならない。また、市民戦争時に二つに分かれた共和派とフランコ派は特に村などでは今もくっきりと分かれている。誰が誰を殺した、とかもみな知っているし、折り合うことはない、とか。しかし同居人(二十八歳)にとっては歴史的な話らしかった。それよりも印象的だったのは、その後同居人と彼氏が出かけたあとのコメントから察するに、フランス人(二人だが)は自国の文化に大変自信があってここは遅れてると思うんだなということ。
十一時くらいに退出、歩いて帰宅。