あまりにも課題の提出が遅いので先生が呆れていた。そりゃそうだよなー。もう開き直っているけど、日本にいる先生は私が優秀で勉強熱心だと勘違いしているような気がするのでどうしようと思う。系統不明の言語圏から来た東洋人がフランス人と同じように課題をこなせるわけ無いよ、という甘えがあるため、というか私の性質のため、自分に甘くなってしまった。こっちで何を得たか、って態度がでかくなっただけじゃないのか?という疑問もあり、日本で態度が単純にでかかったらむしろ損をするだけなので、何も得ていないのかもしれない。

スペイン滞在中、友達とのつきあい(日本の)が疎かになってしまった。ヨーロッパの人は友達やら家族やらの写真をぺたぺたと壁に貼り、恋人や家族の証明写真を財布に入れて持ち歩くので奇妙な気がするが、そうでもしないと実際いつも頭の隅においておくのは難しいのだと実感した。「家族なんて離れていても家族だしいいか」とかないのかと思うが、恋人同士だけじゃなくて、それ以外の関係の人間についても「いつもあなたを思っているんですよ」と言葉やら態度やらで示さない限りその感情はないも同然なんだろう。そうすると、日本人男性の「男は黙って」とか「背中で語る」とか、古くさいけど今もあるとしか思えない態度、恥ずかしがってあんまり好意を示してくれなさそう(特に人前で)な恋愛関係は、ヨーロッパの人にとっては理解不能に違いない。「何となく分かってくれるやろー、むしろ分かって当然」というのがあり得ない。それはシビアだが、「なんで分かってくれないんだ!」とかそういうこともないので楽。しかし常に「あなたは大事です大事ですよ」とあらゆる人に言い続けるのってけっこう大変だよな。パソコン室に行くとチャットに興じている人が多いが、それもそういうことなんかなと思う。

帰国したらこっちの友達の写真は取りあえず貼ろうと思う。私は薄情なのできっと忘れる。貼っても忘れるだろう。今までごちゃごちゃと住む場所を変えて、そのたびにいろいろと忘れている。忘れないで、どんどん積み重なっていくのってどういうものなのだろうか?同じ場所で同じような季節がぐるぐると毎年まわり、誰かが来たり誰かが死んだり誰かが生まれたりするという。

生活の話。朝起きたら水がなかった。一時くらいに復活したらしいが、私が一時半過ぎに帰宅するとまた断水していた。二時過ぎにはまた復活したが、困ったものだ。いちおうペットボトルに水を入れておいた。歴史的な干ばつで水不足なのは確かで、断水するのは問題ないけど、せめてお知らせしてくれないかと思う。しかも、朝屋内では断水なのに、中庭ではスプリンクラーがぶんぶん回っていた。単にアパートの水道管が壊れているのかもしれない。