予習が必要だった授業に結局何もせぬままに出席。参加は全く出来なかったが特別困らなかった。一人の学生が発表するときにひたすら間投詞buenoをはさみ続けていた。あとで友達が「あれは先生を馬鹿にしてやってたんじゃないか。先生はbuenoとよく言うし、あの学生は知ってる人だけどそういうことをして笑いを取ろうとする人だ」と言ってた。変な口癖の人だなと単純に思っていたのだが。
別の授業に行ったら昨日後ろに座ってた女の子が辞書と本を預かってくれていた。ありがたい…。明日持ってきてくれるらしい。
昼ご飯のあと、四月半ばの発表のお題を同じグループの子二人と考える。「百年の孤独」でやることになっているけど読める自信もない。が、やるしかない。二人はイギリス人だがこっちの発表が適当だと言っていた。ある意見を述べるためにいろいろと積み上げて最後に結論、と言う形じゃなくて、ただいろいろと喋っているだけだと。そういわれてみればそういう気がしないでもない。でも、日本のゼミ発表だって人によるけど相当適当だ。この大学のレベルが低いんじゃないか、とはドイツ人が言っていたしイタリア人もテストなどのシステムに疑問を持ってたし、スペインの教育レベルは他のヨーロッパ諸国に比べると低いのかもしれん。授業が高校の授業じみてる、てのは確かだと思う。
パソコンして人権擁護法案なるものを知る。日本人が日本語で書いた日本の何かを憂える文章群を見るとそれがどんな意見でも神経質になってしまう。そして、それをたくさん読んで頭の中で自分の判断を組み立てると言うことを放棄してしまう。なので一つの記事しか読めなかったがとても不安になった。
日本語は議論に向かなくて、議論をするとその結果が恨みにつながるというのを聞いたことがあるけど本当だろうか。いくつもの言葉の回路を持っていたら、その分だけ別の考え方にもアクセスできるだろうか。ときどき、日本語という牢屋に入れられてるんじゃないかと思うことがある。ちなみに上のことは私はスペイン語では考えられない。同じことを二つの言語で同じ人が考えたら同じ結果になるのかというとそうではないと思う。
夜は図書館に行ってサルサには行かずおしまい。音楽に合わせて適当に踊るのは好きだし上手く体が動かせたらいいなと思うがあまりに下手すぎるし(右足と右手が同時に出るとか)、人と踊るのがダメで行くのがイヤになってきてしまった。体育の時間でもチームプレイというのが全く出来なかったがそんな感じ。仲のいい人とだったら少なくとも楽しくは出来るのだけど。
百円ショップで変な商品を見つけたので写真を貼っておく。「セッタ」社の「ラッキー」。