旅日記

十八切符の残り枚数が三枚、残り日数がたったの五日、ということで焦ってどこかに出かけることにした。今朝になって決めたので大あわて。場所は前から興味があった渥美半島田原市にしたけど、台風も来ているしどうなることやら、と不安に思いつつ出かける。出かけたのも結局十一時半で遅すぎ。

田原を選んだのは渡辺崋山ゆかりの地だから。それもこの人が愛知県の渥美のゆかりの人だとはつい最近まで全く知らなかった。教科書に載っている人が愛知県の人だとなぜか驚く。日本史に興味も出てきたことだし、せっかくだから名古屋にいるうちに、と近いうちには行こうと思っていた。

名古屋駅は万博の帰りらしき、モリゾーとキッコロの袋を持った人で大にぎわいで電車も混んでいた。でも金山でちょっと人が降りたので空いた席に潜り込めた。豊橋までは新快速に乗って五十分弱で着くからけっこう近いものだ。小説など読みつつあっという間に着く。

豊橋は風も強くて雨もぱらついていたのでげんなりしてきたが、ここまで来たので引き返すのもイヤで豊橋鉄道に乗る。終点の三河田原まで510円、往復でも1020円で割引はなし。古ぼけた車内は冷房が効きすぎていた。どう見ても地元の人ばかりで、のんびり観光に来ているらしいのは私くらいで居心地がわるい。

乗車時間は三十分くらいか。三河田原に着いたらあまりに街が閑散としているので帰りたくなった。台風が近づいているせいなのか、いつもなのかも分からないが、ほとんど人通りもないし、店も開いているのか開いていないのか分からない。駅前なのに店も少ない。とりあえず何かお昼ご飯を軽く取りたくて、コンビニなど探すがない。しばらく行ったところにセントフェアなるショッピングセンターがあったので入ってみる。

セントレアのパクリ?ここもやっぱり閑散としている。平日の昼間だからこんなものなのか。老人が中庭のテーブルで何かを飲んだり食べたりしていた。私はその辺のたこ焼き屋で醤油味のたこ焼きを買う。六個入り二百五十円。

風も強くて人もいないし、もしかしたら暴風警報でも出るのではないかと冷や冷やしながらも、もったいないので田原市博物館くらいは行っておこうと思う。途中で飢饉の時に民人を救うために作ったという報民倉の再現があったので写真を撮る。現在は非常時用の備蓄がされているとのこと。

原城跡に着いたらようやく観光客の姿があってほっとする。外国旅行の時には観光客がいない方が喜ばしい気がするのに、おかしなものだ。お城の前には櫓型?の電話ボックスがあった。

たこ焼きを食べるタイミングと場所がなかったので、ここにあったベンチみたいなのに腰掛けて食べる。塩味がきつかった。愛知県の味覚は塩辛いので有名で、この味が好まれるなら明石焼きはあり得ないだろう。

博物館は郷土資料館かと思いきや、ひたすら渡辺崋山の展示。一部屋は彼の生涯、もう一部屋は崋山とその門人たちの絵、特別展示室二部屋もひたすら絵画。あと、大きなスクリーンに生涯をまとめたものを十分くらいで放送していた。入館料は700円で、特別展込み。特別展を見ずに済ますことはできなさそうだった。建物は立派だけど展示自体はこぢんまりしているのに高い気がしたが、ただで持ち帰られる資料が充実している(しかもわら半紙みたいので手作り風)ので興味ある人にとっては安いかもしれない。

そんなに背景知識があるのでもないので展示は退屈だった。絵もそんなに興味ないし。崋山の絵で有名なのは、肖像画らしいけど、綴じ本みたいなのにひたすらスケッチしている方がおもしろかった。各綴じ本の見開き一ページしか見れなかったのは残念。

博物館を出て神社を外から見て、駅へ向かう。途中崋山のお墓がある城宝寺も見たけど至極普通のお寺にしか見えなかった。お寺の本堂の隣に住職の家があるという。天井にきれいな絵が書いてあるらしいけど、見ることはできなかった。

この瓦は隣の慶雲寺のもの。豪華でめでたい。細かい装飾を見るのが楽しい。

そこから駅まではすぐ。やっぱり人がいない。駅舎が変わった形だ。写真だと横が切れているけど、横長で少し間抜け。

ちょうど高校生が帰宅する時間だったらしくて、ぞろぞろと降りてきた。にわかに街が活気づいた。電車内では高校生が派手すぎてうんざりする。ミニスカートの子もやたら多かった。普段高校生を見ないけど、今も流行っているのだろうか。今が盛り(?)だけどもう少し隠したほうがいいんじゃないか生々しすぎて気持ち悪くなるなどと考える。

豊橋からはひたすら眠る。金山の直前で奇跡的に目が覚めて、乗り過ごすことなく無事に家に帰る。